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2019/04/30

Koichi Moriizumi

『森泉宏一の実況天国』Vol.11

『森泉宏一の実況天国』Vol.11

先日、千葉県船橋市にあります『オートレースふなばし』へ足を運んできました。
近くにある商業施設に用事があったのですが、せっかく近くに“打てる”場所があるのに、足を運ばないという選択肢はあろうか?
いや、ないっ!笑

今回に限らず、川口オートレース場へいった時などもそうなのですが。
もう何度も見たことがあるのにも関わらず、展示コーナーは必ず立ち寄ってしまいます。
はい、パトロールみたいな感じになっています(笑)。

さて、Vol.8にて「子どもの頃、将来の夢はタクシーの運転手だった」と、書いたのですが、コラムを読まれた方から「なぜタクシー運転手に?」という質問を受けました。
小学生〜中学年くらいの将来の夢、当時の森泉少年がタクシー運転手に対して抱いていたイメージは『人を乗せて様々な場所へいき、お金を受け取る=誰もができることではない特別な存在』でした。そして、タクシー運転手は車の運転が特に巧い人しかできない、運転のスペシャリストだと思っていました。タクシー会社はそんなスペシャリストが集まるエリート集団なのだと。
そこにカッコ良さを感じ、自動車が好きだったことこともあり、将来はタクシーの運転手になりたいと思っていたのであります。
ちなみに大人になって、タクシー運転手全員が運転が巧いという訳ではないことに気付かされましたが(苦笑)。

結局、タクシーの運転手になることはありませんでした。
しかし、幼少時から「腕一本で!」とか「テクニックを駆使して!」という職業の方に憧れていたことに間違いはありません。
陶芸家、大工、演奏家などにも同じような感情を抱いていました。

今の仕事も「腕一本で」というところはありますが、子供の頃はアナウンサーという発想はありませんでした。
(ローカルタレントになりたいと思ったことはありますが、それは改めての機会に)

そんな背景から「将来は会社員になる」という自分自身の姿がイメージできませんでした。
前回までのコラムではレース実況に関するエピソードなどを綴ってきましたが、今回はそのもっと前の部分。
『何故レース実況アナウンサーになったのか?』
そもそも……いつ?どこで?どんなキッカケで?
喋ることを生業(なりわい)にしようと思ったのか?
(最初から公営競技実況を目指していた訳ではないし、スポーツを含めて「実況」は頭になかった)
さらにはどのようなルートで公営競技実況への道が開けたのか?
(ここが多くの公営競技アナウンサーの皆さんの“正規ルート”とは違うところでもありますので)
今回はそういうところをお伝えしてみたいと思いました。

また、Perfecta Navi編集長からも。
このコラムを始めるにあたって『きっかけ』に関する提案もいただきました。
ということで、何回かに分けて書いていきたいと思います。

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