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2019/06/20

Koichi Moriizumi

『森泉宏一の実況天国』Vol.14

『森泉宏一の実況天国』Vol.14

レース実況の仕事を始めてから
「なんであんなに次々と、言葉が出てくるんですか?」
そう聞かれることがありますが、当時の僕はそれと同じことを思っていました。
そこで他の喋りのジャンルで何かないかと考え、その中でもテレビ番組のナレーターに興味を抱きました。
番組の初めに「ナレーター・〇〇」という名前のスーパーが出ます。
子どもの頃、親が転勤族だった私は有名なナレーターとして活躍することで、離れ離れになった友達が「ナレーター・森泉宏一」のスーパーを見て元気な姿(声のみの出演ですが)を見せることができるんじゃないか!とも思いました。
そして、ナレーターをしながらスタジアムDJもできれば……というのが、当時僕の描いていた構想(『世界まる見えテレビ特捜部』のナレーションを担当されている方はJリーグ某チームのスタジアムDJも務めておられます)だったのです。
そうと決まれば、まずはアナウンススクールへ。
その中でもナレーションに特化したナレーター養成スクールを受講。
髙い入学金と授業料を払い、東京は赤坂にあるスクールへ。
実況アナウンサーの話しではないので、レッスンの内容については省略しますが。
う〜ん、レッスンに通ってもウンともスンとも言わない、進歩している実感がない。
今になって思えば恥ずかしい話しですけれども。
「日常生活で喋っているんだし、少し習えば大学卒業前にはデビューできるんじゃないの」
そんな甘い考えを持っていました。
アナウンスの基本である発声や滑舌を習う前に、いきなりこういうスクールに通ったのも失敗だったのではと。
現在は冷静に客観視できますね。
それでも、決めたことだし、まだ始まったばかり。
続けていれば上手くなるだろう。
そう思いながら毎週、ちゃんとレッスンに通っていました。
周りは就職活動を始めているが、このレッスンが僕にとっての就職活動でした。
そのまま大学卒業を迎え、僕はアルバイトをしながらレッスンに通う日々。
その後も色々なスクールに通うもデビューには至らず。上手くなっている手応えもない。
頑張るにしても、何を頑張れば良いのか分からない状況に陥っていたのです。

大学を卒業して2年目の夏、未だデビューできずの24歳。
「社会人になって3年。25歳になってデビューすらできなかったら、諦めるのもありかな」
そんなことを思っていた頃、ここで状況は大きく変わります!
とあるコミュニティーラジオ局のアナウンススクールに通っていた頃、その局に出入りされている方が
「ボートレースの実況アナウンサーができる男性を探している。スクールの中に誰かいないか?」
そんな情報が流れてきたのです。

そのアナウンススクール、当時は僕を含めて10人程がレッスンを受けていましたが、男は僕だけ。
あとは全員年上のお姉さま方という素敵なレッスン(笑)。
その話しを局長からいただいた時に「できますっ!」と、即答しました。
「とにかく何でも構わないから仕事がしたいっ!デビューしたいっ!」という一心でありました。
ただ、ボートレース実況をやってみたいと思った理由はそれだけではありません。
当時、知っている選手はいませんでしたが、実は舟券を買いに1人で多摩川ボートへ行ったり、ボートレースを題材にした漫画を読んだりしていました。
そして、決定打となったのは私の下の名前なんです。
私の下の名前は『宏一(こういち)』であります。
この名前の由来、実は父親が好きだったボートレーサーから取った名前なのです!
「ボートレーサーから名前がついた男がボートレースの実況をしたら……これは運命かも知れない。よし!やってみようっ!」
なんと、あれだけ「実況だけは無理だっ!」」と、思っていた男が実況アナウンサーを志す。
しかも公営競技という、ほぼ未知の世界に足を踏み入れたのです。
自分でも驚きですが、もうそんなことは言っていられないっ!
「喋る仕事」の第一歩を踏み出さなければ!という気持ちで実況の研修へ。
研修の舞台は1人で舟券を買いにいったこともある多摩川でした。

次回は遂に現地研修スタート!
喋る以前に覚えないといけないことばかりで四苦八苦!

乞うご期待!

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【オートレース/直近のチャリロト杯】

6/26(水)〜30(日)
G1ダイヤモンドレース(飯塚)特設サイト

7/2(火)〜4(木)
チャリロト杯ミッドナイトオートレース(飯塚)

8/1(木)〜4(日)
第4回チャリロト杯(伊勢崎)

【略歴】


森泉宏一(もりいずみ・こういち)
1984年5月8日生まれ
東京都出身 広島県・富山県育ち

父親の影響もあり、学生時代は野球に打ち込む
25歳の時、ボートレースで公営競技実況デビュー
2017年4月から伊勢崎オートでオートレース実況を始める
公営競技実況の他、プロアマの野球実況
さらにはイベントや展示会の司会
広告モデルや話し方教室講師などでも活動
野球好きの選手からの誘いもあり、
伊勢崎オートの野球チーム「キラッツ」に入部
しかし、デビュー戦において投手で二桁失点を喫する
その為に最近、オートレース界隈でその実力が疑われている
某選手からの「投げるスタミナがあるだけで助かっている」
という慰めの言葉が唯一の救い

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