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2018/04/05

Junko Shitara

心に残るベストショット Vol.9

心に残るベストショット Vol.9

もう一場所、函館競輪場の思い出もたくさんありますが、こちらはインタビュアーとしてのエピソードです。2001年ふるさとダービー函館。ビッグレースの決勝で長くインタビュアーとして務めた私も同着優勝は1回だけ。競輪史上1回きりと思います。この頃は北日本勢の勢いが増し始め、その急先鋒が伏見俊昭選手(福島75期)でした。後にアテネ五輪で銀メダリスト(チームスプリント)になるほどの逸材。すでにこの時点でその片鱗は明らかでした。
一方の渡邉晴智選手(静岡73期)も厳しい攻めを貫く追い込み選手として全国区の人気を誇っていました。
先行した伏見選手に3番手から追い込んだ渡邉選手。逃げる選手よりも、追い込む選手の方がスピードを上げてゴールに飛び込む分だけ確信が強いといいます。この時も渡邉選手は右手を挙げてガッツポーズ。でも、写真判定で待つことなんと10分間!インタビュアーとしてホームストレッチで待機していた私は残念ながらその様子を伺うことはできなかったのですが、結果待ちをしていた敢闘門付近はなかなかドラマチックだったようです。伏見選手が「頼む!本当のことを言ってくれ」と、言ったとか、言わなかったとか。

結果は1着同着。晴れやかに仲良くファンの前に姿を現した2人にマイクを向ける私。どっちが先って?そう、こういうときでも地区が違っても先輩は先輩。まずは先輩の渡邉選手に優先的にマイクを向けるのが自然の流れ。ファンの皆さんにとっては2人分の喜びの声が聞けて、2倍楽しめたかも知れませんね。
初夏の函館で爽やかな2人の笑顔を眺めながら、私は時間内に必死で2人分のインタビューを入れるべく冷や汗をかいた思い出のシーンでもありました。

【略歴】

設楽淳子(したらじゅん子)イベント・映像プロデューサー

東京都出身

フリーランスのアナウンサーとして競輪に関わり始めて35年
世界選手権の取材も含めて、
競輪界のあらゆるシーンを見続けて来た
自称「競輪界のお局様」
好きなタイプは「一気の捲り」
でも、職人技の「追い込み」にもしびれる浮気者である
要は競輪とケイリンをキーワードにアンテナ全開!

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