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2018/07/19

Yuji Yamada

“帝王”山田裕仁の競輪哲学 Vol.28

“帝王”山田裕仁の競輪哲学 Vol.28

F2ガールズケイリンフェスティバル2018の優勝者は石井寛子(東京104期)選手でした。石井選手は「松戸は苦手」と、言っていましたが、これは松戸バンクの特性で三角捲りが決まりにくいことが大きいでしょう。石井選手の勝ちパターンである好位を取って、届く位置から仕掛けるという走りが合っていないからでしょう。決勝戦も優勝はしましたが、先行した梅川風子(東京112期)選手が内を空けたからであって運が良かったという走りでした。運も実力のうちとは言いますが、まさに持っているという走りでした。

梅川選手の決勝戦の走り、粘りは素晴らしいものでした。“負けて強し”がアピール出来た走りですし、ビッグレースの決勝戦で先行するイメージの奥井迪(東京106期)選手とは違った意味で強さをアピール、次に繋がったのではないでしょうか。
ガールズ選手は114期もデビューしましたし、さらに人数も増えていき、ますますレベルが上がっていくことでしょう。

【略歴】

山田 裕仁

山田 裕仁(やまだ・ゆうじ)

1968年6月18日生 岐阜県大垣市出身
1988年5月に向日町競輪場でプロデビュー
競輪学校の同期で東の横綱・神山雄一郎(栃木61期)、西の横綱・吉岡稔真(福岡65期・引退)らと輪界をリード
“帝王”のニックネームで一時代を築いた
2002、2003年の日本選手権競輪(ダービー)連覇などG1タイトルは6つ
KEIRINグランプリ連覇を含む史上最多タイ3度の優勝など通算優勝110回
通算獲得賞金は19億1,782万5,099円。
2002年に記録した年間最高賞金2億4,434万8,500円はいまだに破られていない
自転車競技でも2001年のワールドカップ第3戦(イタリア)で銀メダルを獲得するなどの実績を残した
2014年5月に引退して、現在は競輪評論家として活躍中
また、競走馬のオーナーとしても知られる

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