TOP > 競輪・オートNavi > エッセイ > エッセイ「競輪場の在る街」Vol.7〜調布

エッセイ

一覧へ戻る

エッセイ

2018/03/08

Go Otani

エッセイ「競輪場の在る街」Vol.7〜調布

エッセイ「競輪場の在る街」Vol.7〜調布

調布の対岸である稲田堤からは、年に1回、調布の花火大会がよく見えた。多摩川から徒歩15秒のマンション3階に住んでいた私は、廊下にテーブルと椅子を出し、友達を集め宴会を催す。それは定例行事となっていた。
そこから少し視線をずらすと、京王閣競輪場の銀色の外観がどっしりと構えていた。その壁に書かれた「東京オーバル」の文字。花火の間にふと漏らす。「オーバルって何?」
理系出身の友人が答えた。
「楕円」
さすが理系だなと、変に感心した記憶がある。
また、その年1回の花火大会とは別に、レースのある日は、競輪場から花火が打ちあがることもあった。なんとなく得した気分になった。

たまに散歩がてら、多摩川原橋を渡って、調布側の土地に踏み入れてみる。
多摩川の堤防から河原に降りると、そこはサイクリングロードと野球グラウンドが整備され、休日ともなると野球少年とそれを見守り、声援を送る親でごった返す。グラウンドとグラウンドの間を縫うように歩き、スコアボードに並んだ数字なんかをチラチラ見ながら歩いていくと、京王線の高架下に入る。
ほぼ日が当たらないその場所は、常に日の当たるグラウンドとはまったく違っている。ユニフォーム姿の少年が悔しそうな顔で素振りをしていたのが印象的だった。

京王線の高架を過ぎると、そこはサッカー場になっており、大学生たちが上半身裸になって楽しそうにボールを追いかけている。
その辺りから堤防に上がると、果てない先にある東京湾に向かってずっと砂利道がのびている。遥か先、河口の工業都市は陽炎に揺らいでいるように見えた。
傍らを野球少年の一団が、バットとバットが当たる音を立てて、花火大会の待ち合わせ時間の相談を大声でしながら、ゆっくりと自転車をこいで追い越していった。悔しい思いも、喜びも一緒くたになって、陽炎に溶けていった。

Text・Photo/Go Otani

ページの先頭へ

メニューを開く