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2018/06/05

Go Otani

エッセイ「競輪場の在った街」番外編〜会津若松

エッセイ「競輪場の在った街」番外編〜会津若松

その街に住んだわけでもない。親戚がいるわけでもない。学校があって毎日通ったわけでもない。
本来なら何のゆかりもない土地なのに、なぜかよく行くことになり(しかも自分からの望んでいくわけでなく、不可抗力で、ということがほとんど)、馴染みの街になることがある。縁があるとでも言うべきか。
前回は長崎だった。
今回は、会津若松のことを書こうと思う。

会津若松には3度赴いている。

1度目は高校の修学旅行だった。
私の出身高校では、修学旅行は校外学習という位置づけになっており、メインイベントは磐梯山の登山である。高校自体は厳しい校風があるわけではなかったが(どちらかというと自由な校風)、なぜか「修学旅行ではない!」というところのみ、バランスの良くない厳しさがあった。
その三日目、班単位での自由行動は会津若松での散策だった。我々の班がどこをどう巡ったということはまったく記憶にないが、会津若松の駅の前で、電車に乗って喜多方ラーメンを食べに行こうとする男子と、それに女子が反対して揉めている班があったことだけ鮮明に覚えている。

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