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2019/05/29

Go Otani

エッセイ「競輪場の在る街」Vol.9〜松山

エッセイ「競輪場の在る街」Vol.9〜松山

人生で何度目かの訪問となる松山を、車窓から見やる。
空港から市街へ向かう道、なぜか開放的な雰囲気を感じ取る。
なぜか。
しばし考える。

大学時代、地理学を専攻していたということもあるからだろうか、色々な街を訪れると、その街の特徴を無意識にも探し始める。たまには意識的に探すこともある。
意識的に探す場合、例えば、その街のメインの駅を挟んで、北側に街が発展しているか、南側に発展しているか、ということが多い。そこには、自然に造形された地形的な理由もあるが、もちろん、歴史的な理由、線路が敷設された経緯における理由など、その街を形作る重要なファクターが隠れていることがある。
ちなみに松山は、松山市駅の北側に発展している街と言える。メインシンボルである松山城があり、その南側に駅が作られ、官庁街である松山城周辺と、駅までの間に繁華街が作られたという経緯だろうか。
あと、私鉄駅とJR駅の関係性が奈良に似ていると感じた。それぞれのメインの駅が少し離れており、どちらかと言うと私鉄駅の方が栄えている。

そういった風に、松山の特徴を、今度は無意識に探しだした結果、開放的な雰囲気をくみ取ったということである。
ふと気づく。
家がよく見えるのだ。家がよく見えるということは、家を取り囲む塀が低いということである。庭で遊ぶ子供たち、その近くで談笑する女性たち、少しおおざっぱに駐車された自動車、植えられた草花、倒れたままになっている自転車。そういったものが、そこにある生活をオープンにさらけ出しているかのように目に飛び込んでいる。

この文章は、夜の新幹線の中で書いているが、ふと窓の外を見ると、高速に飛び去っていく無数の光がある。それらの光に照らされた生活を感じる。幸せな生活も、悲しい生活も、苦しい生活も、穏やかな生活も、全て混じり合って、私の背後に光が遠ざかっていく。
松山は、それと同じように“生活”を感じさせる家が多いと感じた。
その時、出張は始まったばかりだと言うのに、もう家に帰りたくなった。『家に帰りたくなる街、松山』なんてフレーズに苦笑いしながら、車窓から松山の街を見て飽きない自分が運ばれていった。

その出張が終わりかけている今、新幹線は、新横浜を出たところ。家が近づく。

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