TOP > 競輪 > 心に残るベストショット Vol.1

競輪

2017/06/22

Junko Shitara

心に残るベストショット Vol.1

心に残るベストショット Vol.1

第43回高松宮杯競輪 1992年(平成4年)

競輪に携わって35年。
その間に数々の名勝負、名選手を間近で見て来る機会に恵まれました。
一線を離れた今、その大きな幸せを折に触れて思いますので、そんな徒然を語りましょう。

1992年(平成4年)の高松宮杯。その開催は本当に異様ともいうべき雰囲気が検車場内はもちろん、場内にも感じられ「中野浩一はこのレースを優勝で飾り引退か?」という噂に翻弄(ほんろう)されていました。
中野浩一さんは競輪選手としての功績に加えて、世界選手権プロスプリント10連覇という破られることはないであろう記録を打ち立て、それまでの公営競技競輪のイメージ変えた立役者でした。中野さんも時代の流れとともにバンクを去る日が来たかと思うと、単なる取材者の私まで何かが変わってしまうような怖ささえ感じていました。
今、思えば時代が大きく変わる足音に脅かされていたのかも知れません。
この時、私は競輪場に通い始めてほぼ10年。その間、中野浩一さんが特別競輪(今のG1)決勝を外すことはほとんどなく、彼のいない競輪界を想像出来なかったのです。というのも、大会ごとに「九州鉄壁ライン・中野浩一とその一派を倒すのは誰か?」という命題を選手も報道陣も突き付けられ、毎回そんなキャッチコピーを付けて盛り上げて来たからです。
中野さんは猛練習する姿を見せることなく、緊張も笑顔で隠す「ミスター競輪」。しかし、この92年は年頭から地元の九州を離れて伊豆・修善寺の日本競輪学校で過ごすことが増えていました。競輪と自転車競技一筋に駆けてきた青春の集大成の期間であったとも推測できます。

3月の日本選手権(前橋)では、彗星のごとく現れた快速・吉岡稔真さんが初タイトルに輝き、これで中野浩一さんの息が伸びたと見る向きもありました。でも、強い若手の存在は追い込み選手にとって有利な面ばかりではなく、力で押しきる先行・捲りは追走する選手にとって脅威でもありました。少なくとも中野さんは「これからの九州はトシマサに任せられる」と、確信していました。

スピードアップする様相をみせるタイトル戦に対応するための猛練習なのか?引退に向けての準備なのか?憶測と推理が錯綜(さくそう)する中で、1992年(平成4年)5月30日、第43回高松宮杯は幕を開けました。しかし、戦前の予想に反して、頼みの吉岡さんは準決勝(西王座戦)敗退。決勝レースは神山雄一郎選手の先行に東京の尾崎雅彦さん(引退)と滝澤正光さん(現・日本競輪学校校長)が位置取りを争う展開となり、後方で前団の様子をうかがっていた中野さんが最終3コーナーで渾身の捲りを放ち、4コーナー2番手から出る滝澤さん。中野、井上3選手の勝負へのこだわりが炸裂した情け無用のデットヒート。
大津びわこ競輪場は興奮の渦に飲まれ、中野コールが渦巻く場内には花束を振り続けるファンもいました。あの花束はおそらく優勝した中野さんに渡したいと、持って来て下さっていたと思います。
結果は優勝・滝澤正光さん、2着・中野浩一さん、3着・井上茂徳さん。

吉岡さんの出現に象徴される新たな時代の台頭に、滝澤さんも力が落ちたと噂され始めていました。自力一本にこだわると私たちは思い込んでいましたが、盟友の山口健治さんは、「あいつは横もできる器用さがあるよ」と、話していました。その手を(脚?)ここ一番で発揮した訳です。「滝澤さんのイン粘り」、これがライバルたちの意表をついて中野さんを捲る展開にさせ、感動のドラマを見せてくれた訳です。また、久々にみせた「浩一ダッシュ」は往年の「ミスター競輪」を彷彿(ほうふつ)とさせました。
1/2輪差で全てを逃したかに見える結果も中野さんらしくていいかなと、今は思います。「ミスター競輪」の名に相応しい華やかな散り際。その当時はちょっと切なかったのですが、高松宮杯優勝でグランドスラム達成の夢を狙うという大きな目標に、引退という重い幕引きを隠して過ごした日々はきつかったと思います。
誰にも話さなかった「引退」の二文字。賭けの対象である以上はファンの皆さんに予断を与える情報は自ら発してはいけないという選択を中野さんは選んだのです。
信仰の山・比叡山を背に表彰台に立つ三人の勇者、なんと三強揃い踏み唯一の大会でした。清々しいあの笑顔は今もあの大津びわこ競輪場の空気を思い出させます。まさに私にとって心に残るベストショットの表彰台でした。
そして、この後、中野・井上・滝澤の三強時代に続いての「神山VS吉岡の東西横綱時代」を呼び込んだレースでもありました。

【略歴】

設楽淳子(したらじゅん子)イベント・映像プロデューサー

東京都出身

フリーランスのアナウンサーとして競輪に関わり始めて35年
世界選手権の取材も含めて、
競輪界のあらゆるシーンを見続けて来た
自称「競輪界のお局様」
好きなタイプは「一気の捲り」
でも、職人技の「追い込み」にもしびれる浮気者である
要は競輪とケイリンをキーワードにアンテナ全開!

 

ページの先頭へ

メニューを開く