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競輪

2017/08/25

Junko Shitara

心に残るベストショット Vol.3

心に残るベストショット Vol.3

競輪に携わって35年。
今回は共同通信社杯(9月15日〜18日)の行われる武雄競輪場にまつわる思い出から。

競輪場では様々な声援が飛びます。それを耳にしながら、レース観戦するのも時に楽しいもの。まさにその選手の人柄を表していたと、思う声援は武雄競輪場の佐々木昭彦さん(43期引退)でした。地元人気選手というだけでなく、タイトルホルダーですから、記念競輪以外ではなかなか地元を走ることができない。でも、出場すれば最終レースがほとんどです。「本日のご投票ありがとうございました」と、アナウンスされて場内も「残すはひとレース!」というホッとしたような、でも、最高峰のレースに寄せる期待がジワジワにじむような何とも言えない時間です。
バックストレッチから最終レースを戦う9名がファンファーレと共に登場して、すべての目線が9名のファイナリストに集まった時、どこからともなく「あきちゃ~~~ん、あきちゃ~~〜ん、がんばれ~~〜!」と、黄色い……でも、ちょっと落ち着いた声が一人、二人でなく響き渡ります。どうやら場内の各所で仕事をしている女性、従事員のおばさまたちが息子のように可愛いがっている佐々木さんの応援に声を張り上げていたのです。このような光景は武雄競輪場以外ではなかったと思います。周回中もある個所に選手が差し掛かると「あきちゃ~~〜ん!」と、声がかかります。しかし、こうした声援を力に変えられる選手だからこそ愛されてきたと思いますし、うらやましい環境です。地元三割増しという言葉を古くからの競輪ファンに教えられたことを思い出します。

そんな佐々木さんへの取材の思い出と言えば初タイトル1984年の高松宮杯。先行する片岡克己さん(42期引退)の後ろを取り切って、優勝した佐々木さん。後方で中野浩一さん(35期引退)、井上茂徳さん(41期引退)、藤巻昇さん(22期引退)が落車してしまっていたので騒然とした雰囲気でした。(*井上さんは再乗ゴール)
小柄ながら九州ラインの前で戦ってきた佐々木さんの初タイトルですから自宅に伺いました。ご自宅に落ち着いた雰囲気の喫茶店が併設されていて、そこで昭彦さんのお母さんや奥様が手ずからコーヒーをふるまってくださる!コーヒー好きの私には願ってもない取材でした。
でも、最も印象深かったのは美味しいコーヒーをにこやかに。そして、とても上品な笑顔で入れてくださったお母さんの存在でした。実は初めてお会いした元・女子競輪の選手だったのです。1964年に廃止されていたことは競輪史の一つとして知っていました。でもガールズケイリンなんて話しも出ていない頃です。失くしてしまった歴史の生き証人に逢えたようなものでした。同じ女性として私にとっても母の世代の女性が大勢の人の注目を浴びて、しかも勝負事の選手になるなんてなかなか実感が持てなかったのです。今とはまるで時代背景が違いますので。
そこで、無理言って無理言って「したらさん嫌いです!」と、涙目でお母さんに抗議されつつ拝み倒してレーサーに乗っていただきました。本当にすみません、あんなに嫌がる人に無理強いした取材は後にも先にもありません。でも、レーサーに乗ってハンドルに手をかけ、前傾姿勢を取ったところを見た瞬間、私の中で女子競輪はあったのだと、存在を確信できました。いまだに佐々木さんのお母さんには最敬礼です。昭彦さんは次男、長男の和徳さん(51期引退)、三男浩三さん(50期)。そして、父・八郎さん(期前引退)合わせて一家全員が競輪選手ということも話題のひとつでした。
でも佐々木さんにも最敬礼しないといけない失態がわたしにはあることを告白します。
2回目の高松宮杯優勝(1991年)を飾った佐々木さんが優勝インタビュアーの私のもとに来て、いよいよマイクを向けた瞬間、私の口から出たのは、なぜか「さかもと……?」
言い訳ですが、アナウンサーって時に考えてもいない人の名前とかが口をついて出てしまうのですね。当時、坂本勉さん(57期引退)は活躍していましたが、その決勝にはいませんでしたし、出てくる関係性が分かりません。
その後、しばらく佐々木さんはわたしの顔を見るたびに「サカモトです」と、嬉しそうに言いました。いえいえ、私が間違えたのですから仕方ありませんけれども(笑)。

【略歴】

設楽淳子(したらじゅん子)イベント・映像プロデューサー

東京都出身

フリーランスのアナウンサーとして競輪に関わり始めて35年
世界選手権の取材も含めて、
競輪界のあらゆるシーンを見続けて来た
自称「競輪界のお局様」
好きなタイプは「一気の捲り」
でも、職人技の「追い込み」にもしびれる浮気者である
要は競輪とケイリンをキーワードにアンテナ全開!

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